唯一無二の漫才師、キュウ
2021年08月16日
キュウとの出会い
「よくわかんないけど面白いな」、これが漫才師キュウに対する、私の第一印象である。
とあるネット番組で漫才を披露するキュウを見たのが出会いだ。当時のキュウは「めっちゃええやん」というフレーズが出る漫才をよくやっていた。その時やっていたのは「オリジナルのゲーム」。
ぴろ「(今度出そうと思っている)ゲームのタイトルっていうのが、ポケットアンドモンスター、っていうんだよね」
清水「めっちゃええやん。即刻裁判やん」
無地の紺スーツ、特徴的なゆっくりした話し方。めっちゃええやん、と言う割に何も良くないまま進む話。なんだこの人たち。この番組を見ていたとき、私はまだキュウというコンビの名前すら知らなかった。元はと言えばその番組は別な芸人さんを目当てに見ていたのだが、キュウの印象が強く残った。こんなに面白い人たちがいたんだ、と。
ライブの出演情報を調べると、運良く直近のライブに行けそうだった。
行ってみるとやはり面白い。また行ってみる。違うネタも面白い。
私が特に好きなのは「シュークリーム」という漫才だ。ぴろさんが「俺、将来的にシュークリームになりたいと思ってるんだよね」と言い、それに対し清水さんが「おまえ、人間がシュークリームになるのがどれだけ大変なことかわかってんのかよ」と返す。ではどうやってシュークリームになるか、という話が、変な方向に噛み合ったまま進み……説明するよりもこれは実際に見てほしい。
キュウ「シュークリーム」
気づけばキュウが出演するライブは極力行くようになっていた。そして私が彼らを好きになる決定打が、単独公演である。
最大の魅力、単独公演
当時、キュウは第1回単独公演「キュウの新ことわざ辞典」のDVDを手売りしていた。これを購入し、家で見た。
衝撃だった。
「キュウの新ことわざ辞典」は、ぴろさんが新しいことわざを考え、それに合わせた漫才を披露する、という設定の単独公演である。そしてエンディングで、単独公演全体にしっかりオチをつける。そもそも漫才師の単独公演でここまでコンセプトのしっかりしたものはあまり見たことがなかった。
ここから本格的にキュウにハマり、現在に至る。
現在までに、第1回〜第6回単独公演が行われている。そのどれもが素晴らしい。
第2回「時空無きモノ」、タイトルやフライヤーまでしっかり意味を持つ公演。とはいえ、その隠された意味もくだらないのだが。エンディングでぴろさんが言っていた「面白いだけなら他の人もやってるから」という言葉が印象的だった。
第3回「猫の噛む林檎は熟能く拭く」、私はこの公演が特に好きだ。この時点でのキュウの歴史ですらすべて前フリにしたかのような構成で、最後に向かうにつれ不思議な世界に行ける。
第4回「猿の話〜風は吹かぬが桶屋も儲かる〜」これも独特な世界感で、ひとつひとつの漫才が少しずつ重なってつながっていく。なぜかカレーが食べたくなる公演でもある。M-1グランプリ2020敗者復活戦で披露した、「ゴリラであいうえお作文するなよ!(「ヨーグルトの話」より)」はこの公演で初披露された。
第5回「ヒーローは遅れて飛んでくる」何か起きているが何が起きているかわからないまま前半が進み、折り返し地点から最後に向かって次第に答え合わせが行われるような、そんな公演。
第6回「トルマキハトオ」緻密に計算され尽くした公演。短い漫才を何本も見るというより、90分漫才を見続けているような感覚になる。
どの公演にも共通しているのは、公演全体を通して見ることで初めてわかる仕掛けがある、ということだ。
もちろんひとつひとつの漫才を切り抜いて見てもそれだけで十分面白い。だからM-1グランプリでも戦えるし、普段のネタライブでも会場の笑いを取れる。しかし単独公演という形で見なければわからない新しい面白さがある。少し神経質すぎるんじゃないかと思うくらい、どれも緻密に計算されているのだ。
第1回〜第4回は各種配信サイトで見ることができるので、ぜひとも見てもらいたい。
現在はHMVの店頭・オンラインでDVDも買える。どんな媒体でも構わないから、まずは一つ単独公演を見てほしい。こんな芸人がいるのか、漫才ってこんなことができるのか、と驚くはずだ。
漫才という手段を使って、自分たちの世界をゼロから作り上げる。それがキュウという漫才師だ。
個としての魅力
漫才、単独公演の魅力もさることながら、個人の魅力もある。
ぴろさんはネタ作りを担当している。イラストも得意で、漫画家を目指していたこともあるそうだ。
そんな彼の趣味として様々な場面で語られてきたのが「SMDIY」。
もちろんこんな言葉は普通存在しない。何かというと「SMグッズを手作りする」という趣味である。
なかなか刺激が強い(と思われる)ので詳細は控えるが、ぴろさんの探究心はファンでも驚くときがある。いつもの淡々とした口調でとんでもないことを口走ることが多々あるのが面白く、またとても魅力的である。
清水さんは完全にプレイヤーに徹している人である。
とはいえ、ネタ作りにはよく参加し、二人でファミレスに陣取ることが多いようだ。
清水さんのフルネームは「清水誠」というのだが、「名は体を表す」をこれほど体現している人もいない気がする。筋が一本びしっと通っていて、決めるべきところできっちり決める。そんな人だ。
清水さんの特技は空手なのだが、これは大学生のときに始めたものだという。
始めた理由が、「精神を鍛えないとお笑いをやっていけないと思ったから」。
いやそんな、ちょっとかっこよすぎやしないか。
芸人さんの紹介にはよく「ボケ」「ツッコミ」の担当が書かれるが、キュウに関してはあまりそれがしっくりこないので書かなかった。強いて言えばぴろさんがボケ、清水さんがツッコミだが、「ヨーグルトの話聞けよ!」と叫ぶ清水さんの姿はもはやボケだと私は思う。キュウの漫才は、ボケやツッコミといった枠を無視しているのだ。
キュウ 漫才『ヨーグルトの話』
結成、解散、再結成
さて、そんな二人で構成されるキュウだが、実は一度解散している。
解散前のコンビ名は「Q」。二人が共通して好きなバンド、Mr.Childrenのアルバム名から取ったものだ。
もともとは別なコンビの先輩後輩関係だった二人が、元のコンビを解散してQを結成。
1年ほどの活動期間を経て解散、ぴろさんは別なコンビを組み、清水さんはピン芸人として活動を続けた。
解散から約半年後。清水さんは、芸人を辞めようとしていた。辞める直前、先輩のすすめで、最後に企画ライブをやろうとしていた。その前夜、ぴろさんから電話がかかってくる。
その内容は、「今のコンビを解散しようと思っているんです」。
二人は再びコンビを組む。今度は「キュウ」として。
これで駄目だったら辞めよう、そんな思いを抱えて。
そして、現在に至る。
漫画みたいな話だ。話ができすぎているとすら思う。
(いや、キュウに限らず、芸人さんの結成話というものは高確率でドラマチックだが)
私は再結成したあとの二人しか知らない。けれど今ここに、彼らがキュウとしていてくれることを本当に嬉しく思う。
彼らが生み出す漫才を、単独公演を、リアルタイムに見られることがどれだけ素晴らしいことか。
二人がキュウでいてくれることがどれだけ幸せなことか。
ぴろさんのTwitterのbio欄には、こんな言葉が書かれている。
「お客さんにとって、僕らで満たせる欲求が、僕らでしか満たせない欲求でありますように。」
私がキュウを見ることで感じる気持ちやキュウが満たしてくれるものは、キュウでしか感じられない、満たされないものだ。
間違いなく。そんな唯一無二の漫才師、キュウに出会えたことは、私にとって人生の幸運の一つである。
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