楽しいが美味しい ナポリの男たち
2021年08月31日
哲学は答えのない問題をぐるぐる考えているだけだと人は言う。私もそうだと思ってしまう。
しかし、それは誤りで、答えをきちんと出し、共通了解を出すことこそが哲学である。
この推しの魅力を伝え、「私はここがこう好きでだからおすすめしたい」という答えを出し、読んでくださった方に魅力と興味を少しでも共通理解してくれたら、と切に思う。
今ではゲーム実況というコンテンツは一大コンテンツとなり、You Tubeやニコニコ動画を開けば数多の動画が毎日投稿されている。
「昔はよかった、今はだめだ」というつもりはまったくないが、昔のニコニコ動画にある「よさ」はたしかにあった。
オタクにまだ今のような人権がなく、馬鹿にされ、ほそぼそと活動し、犯罪者のように見られる時代から少しずつ偏見が払拭されていった頃。
ボーカロイドや歌ってみた、踊ってみた、演奏してみたのようなコンテンツのほかに、ポーションを作成してみたりちょっと過激なMAD、空耳やエロゲソング、ありとあらゆる動画が絶え間なく流れてくるまさに掃き溜めのようなニコニコ動画がそこにはあった。
その中に、新たなもののひとつとして、「ゲーム実況」が生まれた。
私がはじめに触れたのは、バイオハザードを字幕付きで実況している動画だった。声はなく、効果音と字幕のみだった。
そこから少しずつ、ゲーム実況というジャンルの動画が増えていった。
初期のころはやはり手探りで開拓してくようで、マイクの性能が悪い人も多く、音割れしていたりノイズが入っていたり、途切れていたりして、それでも新しいものとして数多くの人がかじりついた。
私もそのひとりで、狂ったように動画を見続けた。学校から帰ると、買って貰ったばかりのパソコンを嬉々として開き、目をまんまるくさせ、夕飯の時間まで見ていたのだった。
その中で見つけたのが、後に「ナポリの男たち」というゲーム実況者グループのメンバー、hacchi・蘭たん・すぎる・shu3である。
ハマると人間、かんたんなもので動画内でプレイしているゲームを少ないお小遣いで買い、それでもお金が足りないので人生初のバイトをした。
いまだに覚えているのが、すぎるがやっていたPS2のチュウリップだ。
数少ない友達が買ったというので、ひたすらやりこんだ。泊りがけでゲームをし続けたのは後にも先にもこれきりだ。
そこからなんだかんだと月日が流れ、今では見続けて14年。
グループ結成は4周年と比較的新しいが、個人含めるとだいぶ古い。
数多くいるゲーム実況者の中でなぜここまで「ナポリの男たち」にハマったのか。
好きになることに理由はないとはいえ、それだとつまらないので「なぜなにどうして」を掘り下げていこう。
オタクとは自分語りが大好きな生き物なのである。
ゲーム実況にハマる訳
小学校の頃、公園で駆け回り遊んでいる子どもたちを二階のマドから眺めているのが日課になっていた。
体が弱く、すぐに風邪をひいて約束を破ってしまうため、誰からも誘われなくなっていった。
子供とは残酷で想像力はあるものの、それが相手にとってどう捉えられるかというのは考えないものだ。
私はだんだんと引きこもっていった。
それならば、と一人遊びに興じていた、マリオパーティだってCPと戦い、神経衰弱はわざと覚えないふりをしてあたかも四人対戦しているように見せ、七並べではわざと「6」のスペードを止めて「なんだよ、止めるなよ。」と自作自演するなど、様々な遊びをしたものだ。
特段、寂しいとは思わなかった。だが、子どもながらに誰かとゲームしてみたい、と思うようになっていった。
ある日、64を買ったよという同級生が近寄ってきた。
その子はいつも教室の隅でじっとりしている私をきにかけてくれる、よくできた子だった。
「外で遊ぶ約束ができないなら、お部屋の中で遊ぶ約束はできる?」
というのだ。
私はじんわりと喉の奥が甘くなり、絞り出すように承諾した。
約束の日。
いの一番に約束をしてきた子の家に私を含め、六人が集まった。
小学校低学年までは男女一緒に遊ぶこと自体に抵抗がまったくなかったので、男女混合だ。
その日遊んだのは、マリオカートや大乱闘スマッシュブラザーズなどのいわゆるパーティゲーム。
「__ちゃん、はい。」
私は何回かまわってきたコントローラーを渡されては返した。
ただただ恥ずかしかった。そして負けるのがこわかった。
ひとりで遊ぶときはコンピュータを最弱にして勝ちをかみしめていた。
そんな人間が人間相手に勝てるビジョンが見えなかったのだ。
「私見てるから、遊んで。」
そう宣言し、ガヤガヤしている輪の後ろから誰かと誰かが戦っているのをずっと見ていた。
「つまらなくない?」
「ううん、だいじょうぶ。」
気の使える子が話しかけてきた。
これは本心で、まったくつまらなくなかった。誰かと誰かが戦って、笑顔だったり怒ったり、ひっぱっていじわるしたり、そんな様子を見るのが楽しかった。
だんだん緊張が解けた私は自然と笑顔になって、コントローラーを握った。
そんな思いを胸に芽生えさせたためかわからないが、ゲーム実況者を見ているとこみあげてくるのがあのときに楽しいと思った感情。
もちろん今でもゲームを遊ぶことは大好きだ。しかしそれと同時に、人が遊んでいる姿をみることも大好きになった。
そして、お気付きの通り私は、立派にほこれる陰キャである。
どうにも陽キャにはなれない、なりようがない人間だ。
クラブに行きたいとも、ナイトプールで夜を明かそうとも、渋谷ハロウィンに行こうとも、相席居酒屋に行こうとも、一ミリも思わない。
もちろん個人の自由なので、行けばいいと思っているしやりたきゃやればいいと思っている。
個人の感想だということを心においてほしい。
そしてなんと、このグループ、陰キャの集まりなのである。
なので、果てしなく居心地がいい。彼らは明朗快活にできないのだ。もちろんほめている。
笑顔ひとつとっても、にっこりというよりジットリ。わははと笑わず、んふふと半角で笑う。なんと心地の良いことか。
コラボ動画をいくつかあげており、「陽のものたち」とのコラボもある。
オタクに優しいギャルは存在しないが、陰キャに優しい陽キャはいるようだ。
前提として、四人とも個人実況動画があり、長い年月を経てグループ活動もしている。
個人もグループも違う良さがあり、時間があれば片目だけでもいいので見てほしい。が、何しろ量がとんでもない。
怒涛に押し寄せる動画の数。しかし、裏を返せばハマったときに楽しいが続くので、気持ちの良い地獄といったところか。
四人集まったときの、言葉に表すことが今は難しいくらい絶妙な掛け合いが楽しい。
シリーズ物も多いが、どれもサクッと見てしまえるので、手軽にかじれるのが嬉しい。
若さもいいが、四人が四人とももういい年齢でおじさんの部類なので、フレッシュさや天井知らずの元気さは皆無。体力もない。
だが、落ち着いた雰囲気やヌルッとしたやり取り、独特な語彙力、全てが味わえる。ここも魅力のひとつだ。
長々とここまで読んだ猛者はいるのだろうか。
もしいたのなら、動画はすべて無料で公開されているので少しかじってみてほしい。
カップ麺の待ち時間、トイレでのこもり時間、バイトに行くまでの絶妙な待機時間、アイロンで髪を巻く時間、ドライヤーで乾かしている時(すぎるの声のみ聞こえる)、ごはんのおともに。
以上が、アラサーバカOLがはじめて作った文章でした。
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